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広島高等裁判所 昭和27年(う)810号 判決 1953年4月21日

控訴人 検察官 津秋午郎

被告人 鄭泰重 外一三名 弁護人 椢原隆一 外一名

被告人 鄭碩述 外一六名

検察官 中根寿雄

主文

原判決中被告人李実根に関する有罪部分を破棄する。

被告人李実根を懲役七年に処する。

押収に係る実砲四発装填の九四式拳銃壱挺(証第十七号の一、二、)(証第二十号の弾倉一個を含む)実包拾八発(証第十八号)は被告人李実根から之を没収する。

原審に於ける訴訟費用中証人植村敬(第五、六回)同池上喜三郎、同山中喜三に支給したものの弍分の壱、及鑑定人伏崎彌三郎、同竹沢丹一、同小川早苗、同塚本久雄、同安田博幸、通訳人牛島龍象(第八回)、証人藤川勝行、同銭広義男、同京本茂子、同三浦和子、同数村栄男、同河本悟一、同古田シゲミ、同犬塚芳和、同谷口好司、同奥田正則、同田中金治、同国政厳、同三宅正、同韓玉奇(第七、第八回)同橋本卓三、同門田ユキ子、同古川権一、同沖千代子、同香川卓二、同中村虎一、同岡本勉、同古田嘉一、同佐々木浅雄、同古田厳、同西川孝義に支給したものの全部は被告人李実根と原審相被告人鄭泰重との連帯負担とし、通訳人牛島龍象(第十三、十四回)、証人福品勇、同李一允、同金少述、同紙原軍一、同住永朝江、同高村繁男、同金源玉、同崔秀粉、同呉徳祚、同今田礼三、同中原治登、同趙鳳順に支給したものは全部被告人李実根の負担とする。

原判決中被告人李実根の無罪部分及其の余の各被告人に対する検事の本件控訴竝被告人鄭碩述、同金文碩、同吉田治平、同村上経行を除く其の余の各被告人の本件控訴は何れも之を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は記録編綴の検事津秋午郎、及被告人鄭泰重、金正玉、梁哲勲、金東旭の弁護人高橋武夫、被告人李福雨、李甲祥、宗世濠、金相洙の弁護人椢原隆一、被告人李実根、朴善五、加太恂、楊桂錫、呂秀淵の弁護人原田香留夫、竝被告人鄭碩述、金文碩、吉田治平、村上経行を除く其の余の各被告人の夫々提出に係る控訴趣意書に記載してある通りであるから之を茲に引用する。

之に対する当裁判所の判断は次の通りである。

検事の論旨第一点(擬律の錯誤)に付

(一)  本件火焔瓶が爆発物取締罰則に所謂爆発物に該当するか否かに関する判断

原判決が本件火焔瓶の構造、装置、作用、威力に関し論旨摘録の様に認定判示して居ることは所論の通りである。而して爆発物取締罰則に所謂爆発物に付所論の大審院判例は「化学的其の他の原因に依つて急激なる燃焼爆発の作用を惹起し、以て公共の平和を攪乱し又は人の身体、財産を傷害損壊し得へき薬品其の他の資料を調和配合して製出せる固形物若くは液体を指称する」と判示して居り、原判決は「燃焼の有無を問はず化学的其の他の原因により爆発の作用を惹起し、右作用により公共の平和を攪乱し又は人の身体財産を傷害損壊し得るように薬品其の他の資料を調和配合して製出した固形物若しくは液体であつて、自然に爆発作用を起すと他の物との衝突摩擦により爆発するとを問はず、其の中に爆発を惹起し得る様な装置の存在するもの」と判示して居る。よつて先ず爆発とは如何なる現象を指称するものであるかを考察するに、原審鑑定人伏崎彌三郎作成の鑑定書に依れば「化学変化に因り原容積に比して非常に多量の且莫大なエネルギー(熱)により極度に膨張したガスが急激に発生すること」を爆発と指称し、原審鑑定人塚本久雄、安田博幸共同作成に係る鑑定書に依れば「燃焼物が燃焼する際に其の熱の発生速度が熱の逸散速度を凌駕し、其の速度が非常に大きくなつた場合を即非定常燃焼乃至爆発といい、其の際常に多量の気体又は蒸気を発生し、其の気体は急に高い温度に熱せられる結果、急激な熱膨張を行つて、周囲のものに強い圧力を及ぼし、各空気を急に振動せしめて所謂爆音を発生せしめる」と記載してあり、之を要するに爆発とは一般的に或る物体の体積が急激迅速に増大する現象をいい、理化学的には或る物質が化学変化を起して発生速度が逸散速度を非常に大きく凌駕した速度で一時に多量の熱及ガスを発生し、体積の急激な増大を来す現象を指称するものと解すべく、従て理化学上爆発物とはかかる現象を惹起する様な不安定な平衡状態に於て結合して居る物体を指称するものというべきである。

しからば右の様な理化学上爆発物と指称することが出来るものは総て爆発物取締罰則に所謂爆発物と解すべきであろうか。

爆発物取締罰則第一条には治安を妨げ又は人の身体財産を害せんとする目的で爆発物を使用し又は使用せしめた者は、たとえ現実に治安を妨げ又は人の身体財産を害しなくても、或は其の爆発物が現実に爆発しなくても(大正七年五月二十四日大審院判決参照)其の犯人は一律に死刑、無期、若くは七年以上の懲役又は禁錮に処する旨規定して居る外、同罰則は其の予備的諸行為に対しても三年以上十年以下の懲役又は禁錮に処し(第三条、第五条)爆発物を所持して居る者に対しては右第一条所定の犯罪目的を有しないものであることの挙証責任を負わしめ、之を証明することが出来ない場合には六月以上五年以下の懲役に処し(第六条)爆発物に関する犯罪を発見しながら警察官吏又は危害を蒙る虞のある人に告知しないときは五年以下の懲役又は禁錮に処す(第八条)る等定めて、刑法に定むる類似の犯罰に対する刑罰(例えば刑法第一一七条、第一〇三条、第一〇四条、第一一三条、第二〇一条等参照)に比較して極めて重い刑罰を以て臨んで居り、右罰則の制定せられた当時内閣から発表せられた「爆発物取締罰則説明」には「爆発物とは火薬類取締規則に規定せられている火薬剤、発火薬から成立つているものであつて、激動、摩擦又は導火の作用によつて直ちに爆発するものをいい、其の使用如何に依り社会公共に大きな危害を与えるので之を取締る為に制定せられたものである」旨解説して居る。之等の点から考察すると、もとより右罰則が今から六十数年前の明治十七年に制定せられた法規であり、法の解釈も社会の進歩発展に対応して合理的に解釈運用すべきものであるから、其の制定当時内閣が解説して居る様に、右罰則に所謂爆発物とは火薬を成分とするものに限ると極めて狭義に解釈すべきものでないことは所論の通りであるけれども、それかといつて、之を極めて広義に解して、いやしくも理化学上の所謂爆発物は総て右罰則に所謂爆発物に該当するものと為すことは失当であることは明かであつて、(例えば塩素酸加里、硫黄、燐、有機物等を混じて製作した玩具の花火やマッチの類も理化学上所謂爆発物に該当するものであることは前記各鑑定書原審鑑定人香川卓二作成の昭和二十七年八月十日附鑑定書に依り明らかであるが、之等を右罰則に所謂爆発物であるとして取締の対象とする価値があるものとは何人も考えないであろう。)結局爆発物取締罰則の目的が社会公共に甚大な危害を与える可能性の極めて大なる爆発物を未然に捜査発見して之を厳重に取締ると共に、右の様な爆発物を使用し又は使用せしめた者、或は其の使用に便宜を与えた者等に対しては、実害の発生したと否とを問わず、等しく厳罰に処することにより公共の安全を確保せんとしたものであると解せられるところからして其の取締の対象である所謂爆発物の範囲も、公共の平和を攪乱し人の身体財産に危害を与える可能性が極めて大なる爆発力を有するものに限定すべきものと解するのが相当である。従て右罰則に所謂爆発物とは理化学上の所謂爆発現象(非定常燃焼を含む)を惹起するような不安定な平衡状態に於て薬品其の他の資料が結合して居る物体であつて其の爆発作用自体に因つて公共の安全を攪乱し又は人の身体財産を傷害損壊するに足る破壊力を有するものをいうと解すべきで、論旨摘録の大正七年五月二十四日大審院第一刑事部、同年六月五日同院第三刑事部の各判決も之と其の趣旨を異にするものとは解せられない。

よつて本件火焔瓶が右罰則に所謂爆発物に該当するものであるか否かに付按ずるに、前記伏崎彌三郎作成の鑑定書、塚本久雄、安田博幸共同作成の鑑定書に依れば、本件火焔瓶の構造、装置、作用、威力等は原判決の判示して居る通りで、瓶中に入れてある濃硫酸が瓶の破壊に因り流出して瓶の外壁に貼付してある紙に附着せしめてある塩素酸加里に触れ、其の結果急激な化学反応が起り塩素ガス、酸素ガスを発生して発熱発火し、理化学上所謂爆発現象を惹起し因つて瓶中から流出した揮発油に引火燃焼するに至らしめるものであつて、其の揮発油の発火燃焼の状態は、開放気中に於ては揮発油が蒸発して稀薄となり、燃焼物が外気に触れる確率が非常に大であるから、熱の発生速度と逸散速度とが一定の釣合を保つて定常的に進行し、所謂非定常燃焼乃至爆発という現象を惹起することなく、通常の燃焼を生ずるに過ぎないことが認められ、濃硫酸と塩素酸加里との化合に因り発生する前記爆発現象も、塩素酸加里の量が僅少である為、局部的小爆発を惹起し、単に揮発油に点火する効力を有するだけであつて、其の爆発自体に因つては公共の平和を攪乱し、人の身体財産を傷害損壊する力のないものであることが明らかである。なるほど本件火焔瓶は其の必要な資料である揮発油、濃硫酸、塩素酸加里等が密接不可分の関係に結合せられてあり、其の投擲に依り発生する瓶の破壊、濃硫酸と塩素酸加里との化合爆発、揮発油の引火燃焼の各現象も殆ど同時に惹起するものであつて唯単に揮発油を撒布して然る後マッチ等で之に点火する場合とは異る点があり其の爆発現象も本件火焔瓶にとつて不可欠の要素であることは所論の通りであるけれども、前記鑑定書に依り認められる如く、右爆発現象は本件火焔瓶の効力発揮の原動力であるに止り、本件火焔瓶の威力、即ち人の身体財産に傷害損壊を蒙らしめるところのものは総て揮発油の燃焼力乃至濃硫酸の腐触作用にあるのであり、しかも右揮発油の燃焼が塩素酸加里と濃硫酸との化合爆発の結果惹起されるということに因り、特に其の燃焼状態、燃焼力等が異常であるという訳ではなく、通常撒布せられた揮発油に単にマッチで点火した場合と異るところはないことが明らかであるから、所論の点を以て本件火焔瓶が罰則に所謂爆発物に該当するものと認める有力な理由となすことは出来ない。従て本件火焔瓶は理化学上所謂爆発現象を惹起する作用を具有するけれども、其の爆発力自体は未だ公共の安全を攪乱し又は人の身体財産を傷害損壊する力を有せず、前記の通り単にマッチの作用を為して居るに過ぎないものであるから、爆発物取締罰則に所謂爆発物に該当しないものというべく、之と同趣旨に出でた原判決は真に相当であつて、何等所論の様な違法なく、論旨は採用出来ない。

(二)  爆発物使用犯人蔵匿罪の構成要件に関する原判決の誤謬の論旨に対する判断

原判決が被告人楊桂錫に於て原判示第五の如く被告人李実根を安佐地区警察署古市巡査駐在所に火焔瓶を投入した犯人であることを知り乍ら蔵匿した事実に付、爆発物使用犯人蔵匿罪を構成し、爆発物取締罰則違反であるとの訴因を排斥した理由として、被告人楊桂錫が右火焔瓶を爆発物取締罰則第一条に所謂爆発物に該当するものであるとの認識を有して居たものと認むべき証拠はないと説示して居ることは所論の通りであるが、原判決は原判文に依り明らかな様に右の理由のみによつて之を排斥して居るものではなくして、本件火焔瓶が右罰則に所謂爆発物には該当しないものであると説示して居り尚其の上被告人楊桂錫に於ても所謂火焔瓶なるものが右罰則に所謂爆発物に該当するものであるとの認識を有して居たと認める証拠はないと説示して居るのであるから、原判決に所論の様な法令の適用を誤つた違法があるものということは出来ない。論旨は理由がない。よつて論旨第一点の擬律の錯誤の所論は総て理由がない。

検事の論旨第二点(事実誤認)に付

(一)  被告人鄭碩述、鄭泰重、李実根に対する逃走罪に関する所論に付按ずるに、刑法第九七条第九八条に所謂逃走とは所定の者が故意に監督者看守者等の監督支配を離脱することをいうものであるから、逃走罪が成立する為には逃走する意思の外に支配を離脱する所為を必要とするものであるところ、原審に於て此の点に関する証拠として取り調べたものの中には、論旨摘録の様な右訴因を肯認することが出来るかの様な資料も存するけれども、証拠の取捨判断は原審の自由裁量に属するところであつて、原判決が此の点に関し適切に判示して居る様に右資料は其の他の諸々の証拠に照してたやすく之を採用することが出来ないのみならず、原審に現れて居る証拠を綜合すると右被告人等には自ら看守者の支配を離脱せんとする所為が存しなかつたものと認めるのを相当とするから、仮令同被告人等が逃亡せんとする意欲があつたにもせよ、未だ逃走罪は成立しないものといわなければならない。而して被拘禁者奪取罪に所謂奪取とは被拘禁者を看守者の支配内から離脱せしめて之を自己又は第三者の支配内に移すことをいうものであるから、右被告人等が他の者等の手に依つて原判示の様に広島地方裁判所第二号法廷外に運び出された以上、其の時既に右被告人等は看守者の実力的支配から離脱したものであつて所謂右被告人等の奪取は之を以て完成したものというべく、従て其の後に於て右被告人等が自ら裁判所構外に逃走した所為があつたにしても、其の所為に対しては最早逃走罪を以て問擬すべきものでないことは原判決の判示する通りで、原判決が右被告人等に対する逃走罪の訴因に付無罪の言渡をしたのは真に相当で、此の点に関し原判決には何等所論の様な違法はない。

(二)  被告人村上経行に対する放火、同未遂の予備的訴因に関する論旨に付按ずるに

原判決が証第二十七号の「報告書広島県民対」なる書面に付論旨摘録の様に伝聞証拠であるとして其の部分の証拠能力を否定する旨判示し、其の証拠能力を排除するに付て刑事訴訟規則第二百七条に基く排除決定をして居ないこと右書面は原審公判廷に於て検察官より証拠物中書面の意義が証拠となるもので特に信用すべき情況の下に作成されたところの刑事訴訟法第三百二十三条第三号に該当する書面であるとして其の証拠調を請求し、原審は其の請求を容れて之が証拠調を為したものであること、同様各号に該当する書面は所謂伝聞法則の適用のないものであることは所論の通りである。併し刑事訴訟法第三百二十三条第三号に該当する書面は同条第一、第二号所定の公文書、業務文書と同程度に作為意図を欠いて居るか、作為意図の介入する余地の少いものと認められる様な特に信用すべき情況の下に作成せられた所謂信用性の情況的保証が認められる書面であることを要するものと解するところ右「報告書広島県民対」なる書面は其の書面自体に依るも原審に於ける証拠調の結果に依るも何人の作成記載したものであるかを確定し難く其の形式、記載内容等を精細に検討すれば到底信用性の情況的保証が認められる書面であるということは出来ないから、刑事訴訟法第三百二十三条第三号の書面に該当しないものと認めざるを得ない。従て右書面の記載内容に付ては所謂伝聞禁止の法則の適用があるものと解すべきところ、右書面の記載中被告人村上経行に対する放火未遂の訴因に付証拠となる部分は、原判決の判示する通り伝聞に属するものと認めるのを相当とするから、其の記載部分は被告人に於て同意しない以上之を証拠とすることは出来ないものといわなければならぬ。而して証拠の排除決定は刑事訴訟規則第二百七条に規定して居る通り、必ずしも判決前に決定で之をしなければならぬという訳ではなく、判決中に於て其の旨を説示しても何等違法とはいわれない。従て原審が右書面中被告人村上に対する右訴因の資料となるべき部分に付証拠能力がないものとし、其の旨を判決理由中に於て説示して居ることは何等違法ではなく、右部分を除外すれば他の証拠に依つては、右訴因を認定するに足る証拠は存しないのみならず仮に右「報告書広島県民対」なる書面が証拠能力があるものとして之を他の証拠と綜合して考察しても、原判決の説示する様に直ちに右訴因を認めるに十分であるということは出来ないから、原審が被告人村上に対する右訴因に付無罪を言渡したのは相当で、原判決には何等所論の様な事実誤認はない。論旨は総て理由がない。

(三)  被告人吉田治平、同金相洙、同金文碩に対する被拘禁者奪取の訴因に関する所論に付按ずるに、本件被拘禁者奪取の通謀成立の時期は必ずしも判然としないが、原判決が原判示第四の被拘禁者奪取の事実を認めた証拠として挙示して居る各証拠及其の各証拠に依り之を認定した理由として説示して居るところを綜合すれば、原判示の様に右通謀は勾留理由開示手続の開廷中であつて閉廷に近い頃に行われたものと認定するのを相当とすべく、所論の各事実を考察しても未だ原審の右認定が誤認であると断定することは出来ない。而して更に右証拠に依り認められる事実や原判決が右被告人等に対する被拘禁者奪取の訴因に付無罪と認定した理由として説示して居るところを考察すると、所論の様な点を勘案しても、原審が右被告人等に対し本件被拘禁者奪取の犯行に加担した証拠が十分でないとして無罪の言渡しをして居るのは相当であつて、未だ所論の様に事実を誤認したものとすることは出来ない。論旨は理由がない。

従て論旨第二点の事実誤認の所論は総て理由がない。

被告人鄭泰重、同金正玉、同梁哲勲、同金東旭の弁護人高橋武夫、被告人李福雨、同李甲祥、同宗世濠、同金相洙の弁護人椢原隆一、被告人李実根、同朴善五、同加太恂、同楊桂錫、同呂秀淵の弁護人原田香留夫、及右各被告人の事実誤認採証法則違背の論旨に付

我刑事訴訟法は証拠に関して所謂自由心証の原則を採用し、証拠の価値判断を裁判所の自由確信に一任して居ると共に、事実を認定するに当つても必ずしも直接証拠のみに依らなければならない訳ではなく、法律上規定する制限に反しない限り間接証拠であると情況証拠であるとを問わず、事実認定の資料とすることを防げるものではない。而して原判決が各被告人に対する原判示事実を認定した証拠として挙示して居るところのもの竝其の証拠に依り之を認定した理由として説示して居るところを綜合すれば、原判示事実は総て之を認めることが出来るところであり、所論の様な採証法則の違背や事実誤認の違法等は認められない。所論は夫々独自の見解や、原判決の採用しなかつた証拠に基いて原審の事実認定を論難し又は原審の証拠の取捨判断を攻撃するものであつて採用することは出来ない。論旨は何れも理由がない。

原田弁護人の被告人李実根の放火、放火未遂、脅迫の事実に関する法令適用の誤りの論旨に付

共同正犯とは犯罪の構成要件である実行行為の全部又は一部を分担した者のみをいうのではなくして、数人共同して犯罪の実行を謀議し共謀者中の或者をして実行の任に当らしめ、之をして他の者に代り犯罪の意思を遂行せしめた者、亦共同正犯の罪責を負担すべきものである。従て被告人李実根に於て右犯罪の実行行為を分担しなかつた部分があつたにしても、共謀の事実が認定出来る以上他の共謀者の実行した犯罪に付ても其の責任を負担するのは当然であつて、原審が之に対して刑法第六十条を適用処断して居るのは相当で、何等所論の様な違法は存しない。論旨は理由がない。

高橋弁護人の被告人梁哲勲、同金正玉、椢原弁護人の被告人金相洙、原田弁護人の被告人朴善五、同加太恂、同呂秀淵の各公務執行妨害罪に関する擬律錯誤、理由不備の論旨に付

公務執行妨害罪は公務員が其の職務を執行する際に、其のことを知り乍ら公務員に対して職務執行の妨害となるべき暴行又は脅迫を加えることに依つて成立するものであつて、夫に依つて現に職務の執行を妨害した結果を生ぜしめたか否か、犯人に於て其の結果の発生を意図して居たか否かということは、何等同罪の成否に影響を及ぼすものではないから、仮に所論の様に右被告人等の原判示の様な所為に因り職務の執行が妨害されなかつたとしても、又右被告人等に公務の執行を妨害せんとする意図がなかつたとしても原判決に挙示してある証拠に依り明らかな様に被告人等に於て共同して拘置所看守、検察事務官、警察吏員等が職務を執行するに際し之に対して暴行又は脅迫を加えた以上公務執行妨害罪が成立することは当然であると共に、拘置所看守、検察事務官、警察吏員等が裁判所の法廷内に於て被拘禁者を奪取せられんとして居ることを知り之が戒護応援又は警備の為右法廷内に入らんとすることは、当然其の職務の範囲内に属するところであつて、所論の様に其の際既に被拘禁者は奪取せられて法廷内に居なかつたとしても、之を以て右行為が其の職務の範囲外の行為となるものではないから、原判決が右被告人等の原判示所為に対し夫々刑法第九十五条を適用したのは真に相当で、何等所論の様な違法は存しない。論旨は何れも理由がない。

原田弁護人の被告人朴善五、同呂秀淵、同加太恂、同楊桂錫の被拘禁者奪取罪に対する理由不備、理由そご、擬律錯誤の論旨に付

法令に因り拘禁せられた者を如何なる方法に依るとを問わず奪取した以上は刑法第九十九条の奪取罪が成立するものであつて、原判決挙示の証拠に依れば右被告人等の原判示奪取の事実を認めるに十分であるから、原判決が之に対し右刑法第九十九条を適用したのは当然であつて、何等所論の様な違法はない。論旨は理由がない。

高橋弁護人及被告人金正玉の同被告人の精神状態に関する論旨に付

併し心神の状態が如何なる状態にあつたかを判定するには必ずしも専門家の鑑定に依らなければならないものではなく、諸種の証拠に依り裁判官の自由なる心証に基き之を認定するも何等採証の法則に違背するものではない。而して原判決はその挙示する証拠に基き被告人金正玉の本件犯行当時の精神状態が喪失又は耗弱の状態にあつたとの主張を採用しなかつたものであつて、右証拠に依れば原審の判定を肯認するに十分であるから、原審には所論の様な審理不尽採証法則違背、事実誤認の違法はない。論旨は理由がない。

原田弁護人の銃砲刀剣類等所持取締令及外国人登録令は憲法に違反する法令であるとの論旨に付

銃砲刀剣類等所持取締令及外国人登録令が何れも昭和二十年勅令第五百四十二号「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件」に基いて発せられた法令であることは所論の通りである。然し右勅令第五百四十二号が合憲有効のものであることは、既に最高裁判所判決(昭和二十二年(れ)第二七九号、昭和二十三年六月二十三日大法廷判決参照)の判示して居るところであり、右勅令が昭和二十七年法律第八十一号「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関する法律」に基き平和条約発効日を以て廃止せらるるに当り、右勅令に基く銃砲刀剣類等所持取締令の効力に関し平和条約発効日後も法律としての効力を有する旨を規定した昭和二十七年法律第十三号「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く警察関係命令の措置に関する法律」も何等夫自体憲法に違反するものでないことは明らかであり又昭和二十七年四月二十八日同年法律第百二十五号外国人登録法により平和条約発効日を以て外国人登録令は廃止せらるると共に右法律第百二十五号施行前にした行為に対する罰則の適用についてはなお、従前の例による旨を規定したことそれ自体も違憲でないことは論を俟たぬところであるから、右昭和二十年勅令第五百四十二号及右昭和二十七年法律第十三号が違憲無効の法令であることを前提とする銃砲刀剣類等所持取締令及外国人登録令の無効の所論は理由がない。而して右銃砲刀剣類等所持取締令及外国人登録令夫自体が憲法に違反するものであるか否かを按ずるに、銃砲刀剣類等所持取締令は敗戦後連合国軍に占領せられて居た当時の我国の社会情勢の下に、連合国最高司令官の命令に基き同令第二条但書所定の場合其他正当の理由がない限り銃砲刀剣類の所持を禁じたものであり、平和条約発効後の今日の我国の社会情勢に於ても、未だ銃砲刀剣類の所持を放任することが出来ない状態にあるので、公共の平和安全を保護する必要上尚右取締令を存続せしめて居るものであつて、所論の憲法第二十九条の財産権も絶対的に之を侵してはならないものではなく、同条第二、第三項においても財産権の内容は公共の福祉に適合する様に法律で之を定めると共に、正当な補償の下に之を公共の為に用いることが出来る旨規定し、公共の福祉の為には之を制限することが出来ることを明にして居るところであるから、右取締令が公共の福祉の為に法定の場合を除き銃砲刀剣類の所持を禁止したからといつて、何等憲法の条規に違反するものではない。又外国人登録令も、外国人の入国に関する措置を適切に実施し且外国人に対する諸般の取扱の適正を期する為に制定せられたものであつて、其の規定するところに於て何等所論の様な人類平等の権利を害すると認められる様な条項もなく憲法に違反するものとは認められない。仮に所論の様に其の運用の面に於て適切妥当を欠く点があるにしても、夫を以て右法令自体が憲法に違反することの理由とは為し難い。論旨は総て理由がない。

検事の論旨第三点(量刑不当)及原田弁護人竝椢原弁護人の被告人李福雨、同李甲祥、同宗世濠、同金相洙、同李実根、同朴善五、同加太恂、同楊桂錫、同呂秀淵に対する各量刑不当の論旨に付

記録及原審が取り調べた証拠に依り諸般の事情を調査し、本件犯行の態様、一般社会に与えた影響、被告人等の経歴等を考量し、検事及弁護人の各所論を勘案するに、被告人等は何れも自己の主張慾望を暴力を以て達成せんとし、被告人鄭泰重、李実根に於ては社会の治安維持の任にある職員に対する報復の為に危険な火焔瓶を使用して放火の罪を犯したり、其の余の被告人等に於ては多数の者と共同の上卒先して法令に基き拘禁されて居る者を我が裁判史上未だ例なき、裁判所の法廷に於て看守者に対して暴行脅迫を加えて奪取したり等したものであつて、検事所論の通り法治国家に於ては軽視することの出来ない重大な犯罪を敢行したものといわなければならないから、弁護人の主張する様に所論の各被告人等に対する原審の量刑が何れも不当に重いものと認めることは出来ないが、夫かといつて検事の主張する様に被告人李実根を除く其の他の所論の各被告人等に対する原審の量刑が、原判決を破棄しなければならない程何れも不当に軽すぎるものともいうことは出来ない。併し被告人李実根に対する原審の量刑は、同被告人の罪数、犯罪の態様等を斟酌しながら他の被告人等に対する量刑と比較するときは、検事所論の様に軽すぎるものと認めざるを得ない。従て弁護人の論旨は総て理由がなく、検事の被告人李実根を除くその余の被告人に対する論旨は理由がないが、被告人李実根に対する論旨は理由がある。

右の様な理由に依り検事の申立てた被告人李実根の無罪部分及其の余の各被告人に対する本件各控訴竝被告人鄭碩述、金文碩、吉田治平、村上経行を除く其の余の各被告人の申立てた本件控訴は何れも理由がないので、刑事訴訟法第三百九十六条に従い之を棄却すべきものとし、被告人李実根の有罪部分に対する検事の本件控訴は理由があるので、同法第三百九十七条に依り原判決中同被告人の有罪部分を破棄し、同法第四百条但書に則り当裁判所に於て次の通り判決する。

原判決の認定した被告人李実根に関する犯罪事実を法律に照すと、放火の点は刑法第百八条第六十条に、放火未遂の点は同法第百十二条第百八条第六十条に、脅迫の点は同法第二百二十二条第一項罰金等臨時措置法第二条第三条刑法第六十条に、傷害の点は同法第二百四条罰金等臨時措置法第二条第三条に、銃砲刀剣類等所持取締令違反の点は昭和二十七年法律第十三号ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く警察関係諸命令の措置に関する法律、銃砲刀剣類等所持取締令第二十六条第一号第二条罰金等臨時措置法第二条に、火薬類取締法違反の点は同法第五十九条第二号第二十一条罰金等臨時措置法第二条に、外国人登録令違反の点は外国人登録法附則第三項、旧外国人登録令第十三条第一号第七条第一項罰金等臨時措置法第二条に夫々該当するところ、右銃砲刀剣類等所持取締令違反と火薬類取締法違反は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五十四条第一項前段第十条により重い銃砲刀剣類等所持取締令違反罪の刑に従い、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、放火、同未遂罪に付ては所定刑中有期懲役刑を、脅迫、傷害、銃砲刀剣類等所持取締令違反及外国人登録令違反の各罪に付ては所定刑中懲役刑を選択し、同法第四十七条第十条に則り最も重い放火罪の刑に同法第十四条の制限に従つて併合罪の加重をした刑期範囲内で、同被告人を懲役七年に処すべきものとし、主文第二項掲記の物件は右銃砲刀剣類等所持取締令違反罪及火薬類取締法違反罪の組成物件で犯人以外の者に属さないから刑法第十九条第一項第一号第二項に依り被告人李実根から之を没収し、原審に於ける訴訟費用中主文第三項掲記のものは、刑事訴訟法第百八十一条第一項第百八十二条に依り、同項記載の如く負担せしめることとする。

以上の理由に依り主文の通り判決する。

(裁判長判事 柳田躬則 判事 高橋英明 判事 石見勝四)

検察官の控訴趣意

第一点(擬律の錯誤)

原判決には、明かに判決に影響を及ぼすべき法令の適用を誤つた違法がある。

即ち、被告人鄭碩述、同鄭泰重、同李実根、同楊桂錫、同村上経行等に対する爆発物取締罰則違反につき、被告人鄭碩述が被告人李実根より寄蔵した火焔瓶一ケ、被告人鄭泰重、同李実根、同村上経行等が共謀の上使用した火焔瓶六ケ、被告人楊桂錫が蔵匿した被告人李実根の右使用に係る火焔瓶が、いずれも爆発物取締罰則に規定する爆発物に該当せず、且つは爆発物取締罰則第九条の犯人蔵匿罪の成立には火焔瓶が同罰則第一条に所謂爆発物に該当するものであるとの認識を必要とするにかかわらず、同被告人はその認識を有した証拠がないから右蔵匿罪成立せずと認定し、右被告人等の行為につき、いずれも同罰則を適用しなかつたのは、右罰則の爆発物並に右蔵匿罪の構成要件等に関する解釈を誤つたものであつて、この法令の適用の誤りは明かに判決に影響を及ぼすものである。

第一項 本件火焔瓶は爆発物である。

第一目 原判決の火焔瓶の構造、装置、作用並に威力に関する認定

原判決は、被告人鄭碩述がその自宅において預り保管していた証第一号証拠物件並に被告人李実根、同鄭泰重等が、犯行に使用した物件六ケ(証第二号乃至第四号第七号乃至第十号はその破片)は、いずれも所謂火焔瓶であることを認定し

一、その構造について 「右火焔瓶は普通の水薬瓶二五〇ccに、八三%硫酸一〇〇cc(一七〇瓦)揮発油(自動車用)五五cc(四〇瓦)を収め、瓶口にコルク栓を施し、栓上部をパラフイン臘で密封し、一方瓶胴部外壁には塩素酸加里(白色結晶)一、二瓦を、巾六糎のザラ紙に糊付封入したものを貼付し、更に火焔瓶全体をセロフアン紙で包被した構造を有するものである。」(但し右セロフアン紙は検察庁において保存上包被していたもので火焔瓶自体の組成物ではない、鑑定人伏崎彌三郎作成鑑定書参照)

二、その装置について 「右使用薬品中揮発油は引火力強き物質であり、濃硫酸は腐蝕作用著しく、塩素酸加里に対して触媒的に作用し、有機物が存在するときはより有効に分解爆発せしめる作用を有する薬品であり、右火焔瓶を投擲その他の方法により破壊することによつて逸出した濃硫酸が外壁の紙片内の包蔵された塩素酸加里に接触し、瓶外被の紙片及び貼付用糊等の有機物の存在することにより、より有効に塩素酸加里を爆発的に分解爆火せしめ、これによつて揮発油に引火、これを燃焼せしめるものである。」

三、その作用について 「之を実験例としてコンクリート上(野外)に投擲した場合、焔の高さ約一米、燃焼範囲径一米以内、燃焼時間四十五秒の効力を有し、若し発火個所に可燃物が存在する時はこれに延焼することが考えられる外、飛散する濃硫酸自体の腐蝕作用による効力等を有するものであること、又濃硫酸と塩素酸加里の接触によつて化学的には局部的に一種の爆発現象を起すことになる訳である。」

四、その威力について 「塩素酸加里の爆発現象は、火焔瓶の威力として利用せんとするものではなく、それは単なる点火の役目、換言すれば、マッチの役目を果させるに過ぎないものであつて、火焔瓶の効力発揮の原動力たるに止まり、火焔瓶の威力全体は揮発油の燃焼力乃至濃硫酸の腐蝕作用にある。」又「その爆発現象は単に揮発油に点火する効力を有するに過ぎずまた塩素酸加里の主要目的も単に点火作用にあるのであつて、その現象自体では到底公共の平和を攪乱し又は人の身体財産を傷害損壊し得ないものである。」とそれぞれ認定している。

第二目 右認定に対する批判

原判決の火焔瓶の構造、装置に対する認定は概ね正確であるが、その作用と、威力に対する観察についてはその徹底を欠くため、火焔瓶の威力は装置に係る揮発油の燃焼力自体のみにみられ、しかもその燃焼作用は爆発作用に比し危険度の低いものであるし、塩素酸加里の爆発性による加害力は絶無であると認め火焔瓶の加害威力の認定を誤つたものである。

成る程塩素酸加里の爆発作用それ自体による被害は軽微なものではあるが、火焔瓶を綜合的な危険発生の原因として観察すると、唯単にガソリンを撒布して然る後マッチにて点火する場合はその使用方法と場所が限定されるが、火焔瓶はその時と処を問わず容易に使用し得、しかも、投擲するや瞬時に爆発を起し、又瞬時に揮発油に引火燃焼を始め、これが防止は至難なものであつて、これを家屋その他の建造物等に投擲すれば火災を発生し、人体に投擲すれば被害者は火達磨となつて生命に危険を生じ、特に人の集団等に投擲すれば一時に多数の被害者をみるに至るなど計り知れざる生命、身体、財産の被害発生をみ、且つは公共の平和を攪乱する危険力のあることは極めて明瞭である。従つて鑑定人伏崎彌三郎(記録四册一〇三〇丁)(以下丁数冐頭の「記録」の二字は省略)同香川卓二(六册一八〇四丁)同塚本久雄、同安田博幸(八册二四五五丁)等の各鑑定の結果によつても明かな如く、塩素酸加里の爆発力は火焔瓶の不可欠な基礎的要素をもつており、この要素に合わせ急激なる可燃性物質との組成物である火焔瓶全体の右威力を深く認識すべきものであると考える。

第三目 罰則に規定する爆発物の法的解釈について

右観点に立つて火焔瓶が爆発物取締罰則に規定する爆発物であるかどうかについてこれを積極に解する理由を明かにする。

一、爆発物取締罰則制定当時の説明に対する検討

爆発物取締罰則の規定する爆発物の定義或は概念について、同罰則制定当時内閣から発表した「爆発物取締罰則説明」によれば爆発物とは火薬類取締規則に規定されている火薬剤発火薬から成立つているものであつて、激動、摩擦又は導火の作用によつて直ちに爆発するものであるとしており、これがその使用如何によつて社会公共に大きな危害を与えるので禁遏する趣旨を明かにしている。この説明によれば、その取締の対象は火薬から成立するものを目標にしている。従つて火焔瓶は火薬を要素とせず、又火薬そのものが爆発するものでないから右説明の爆発物に該当せずと一応いい得るわけではあるが、右罰則は明治十七年太政官布告第三二号として制定されたものであつて、今から約六十数年前の制定にかかるものであり、その間の科学の進歩に伴い各種化学的製品が考案されて止まるところを知らない。法律の意義の解釈も制定当時の観念に拘泥することなく社会の進歩に対応して自ら進化した解釈がなさるべきものであつて、社会規範としての法律の本質上合理的な法の解釈と運用を為すことこそ最も必要なことである。

前述の如く爆発物の組成について罰則制定当初火薬を成分とするものしか考えていなかつたとしても、今日火薬以外のものを成分とする物に対し、爆発物の観念を容れるに相当なものには同罰則を適用すべきである。又、爆発物とあるからとて、爆発の二字や結果的爆発現象自体に拘泥して爆発物の概念を決定することは社会規範性を頗る狭義に運用する弊に陥るものであつて、法を死物化するものといわなければならない。

二、大審院の判例に対する検討

イ 判例の示す爆発物の定義 爆発物の定義については、大正七年五月二十四日大審院第一刑事部及び同年六月五日同院第三刑事部の判例がある。両判例共同一の定義を下し「爆発物取締罰則ニ所謂爆発物トハ化学的其他ノ原因ニ依リテ急激ナル燃焼爆発ノ作用ヲ惹起シ、以ツテ公共ノ平和ヲ攪乱シ又ハ人ノ身体、財産ヲ傷害損壊シ得ヘキ薬品其他ノ資料ヲ調和配合シテ製出セル固形物若クハ液体ヲ指称スル。」としている。この判例の示すところによれば A その構造については、薬品その他の資料を調和配合して製出せる固形物又は液体であるとし、B その作用については、化学的その他の原因に依り急激なる燃焼爆発の作用を惹起するものであるとし、C その性能については、前記の作用を惹起し、以て公共の平和を攪乱し又は人の身体、財産を傷害損壊し得る能力のあることを要するものとしていることが理解されるのである。

ロ 右定義よりする火焔瓶の検討 A 構造から見た火焔瓶 爆発物の構造に関しては判例の概念規定が広いので、火焔瓶がその範疇に入るものであることは議論の余地がない。B 作用から見た火焔瓶 前記火焔瓶の作用に右判例の要求する「急激ナル燃焼爆発ノ作用」が認められるかどうかが問題となるのである。ここで「急激ナル燃焼爆発ノ作用」というのは明確な表現でないところから二様の解釈が成り立つのである。その一は急激なる燃焼且つ爆発と解し、二段階の作用があることを要件とするのであり、その二は急激なる燃焼又は爆発と解し、その何れか一方の作用があるをもつて足りると解するのである。原判決は前説をとり「急激なる燃焼の段階を経て爆発に至る動的な一連の進行過程」をとることを爆発物の作用としての要件と解しているのである。しかしながらこの説をとれば、同判決も自認する如く何人もその爆発物であることを毫末も疑わない原子爆弾は燃焼の過程を経ないものであるから、爆発物に該当しないという不合理な結論を生むこととなるのである。それ故同判決は自らの採つた説の不合理を避けるため右大審院判例の示すところに斧鉞を加えて爆発物には燃焼の有無を問わないで爆発作用の段階さえあればよいとしたのである。原判決も自認する如く「鑑定人塚本久雄、同安田博幸共同作成の鑑定書の記載に徴しても明かなように化学的な意味における燃焼と爆発の関係は結局程度の差に帰するものであつて、燃焼物が燃焼する場合にその熱の発生速度が熱の逸散速度を凌駕し、その燃焼速度が非常に大きくなつた場合を非定常燃焼乃至爆発と称するものであるから、その間に境界をつけ難い関係にある」ものであり、即ち急激なる燃焼と爆発との間には質的の相違なく程度の差があるとみなされているのである。従つて急激なる速度の燃焼であつて、まだ爆発の域に達しないものといえども爆発と近接した化学現象であるからその外部に対する効力において極めて近似したものがあるのである。さすれば、この急激なる燃焼と爆発の何れか一方の作用があり、この近似した外部に対する効力が発揮されるものであるならば、それをもつて爆発物としての取締の対象とするに足りるものと理解するのが相当である。それを敢えて両作用が惹起され、従つて二重段階において外部に対する効力が働くことを要件とする如きは、屋上屋を架することを求めるものと謂うべきであり、失当たるを免れないし、それと同時に右判決の如き大審院判例の明示するところを変更して、爆発作用のみに限定し、これに極めて類似する急激なる燃焼作用を有する危険物をいわゆる爆発物の範疇から除外することも理由のないことと謂わなければならない。C 性能から見た火焔瓶 原判決は、火焔瓶の性能について、それが本年五月一日のメーデー事件を頂点として、全国的に一部過激分子により悪用され、社会不安を醸成したことを顧慮することなく前記の如く火焔瓶において、濃硫酸と塩素酸加里とが接触して化学的に一連の爆発現象を起すことを認めながら、これを目して単なるマッチの役目を果すものであるとし、その爆発作用自体によつて公共の平和を攪乱し又は人の身体、財産を傷害、損壊するに足りる性能を有しないとするのである。この結論を明示するために原判決は、前記大審院の判例の、説示中「急激なる燃焼爆発の作用を惹起し、もつて公共の平和を攪乱し云々」とあつたところを「爆発の作用を惹起し、右作用により公共の平和を攪乱し云々」と改めて、爆発の直接的な効果を求めているのである。しかし火焔瓶が右のいわゆるマッチの役目を果す爆発現象により必然的に、瞬時に揮発油を発火せしめ急激なる燃焼を惹起し、そのため公共の平和を攪乱し、人の身体財産を傷害損壊する事象を現出する事実はこれを一連の進行過程として包括的に観念することができるのであり、そのように事実の把握をすることが法律適用の正しい前提であると信ぜられるのである。事象の細部にわたる分析の必要なことは勿論である。そのために事物の本質を見失う弊は厳にこれを戒めなければならない。更に、原判決は火焔瓶の危険性につき判断を下し、爆発物の有する特殊の威力として、「瞬時に阻止し得ないという危険度の高いこと」につき欠くるところがあるとしているが、これも火焔瓶が使用される際の塩素酸加里の爆発、揮発油の急激なる燃焼の作用がその瞬時において決して阻止し得ないものであることを知れば、その誤解たることは明かである。のみならず、火焔瓶は他に何等合法的な使用目的を有するものでなく、専ら爆発的な効果をねらつて製出されたものであることは疑のないところである。かかる物に対し、しかく分析判断を施して、結果において爆発物と同等視することのできる危険性があるにかかわらず、その効果の発生の経過において火薬類を用いた爆発物と些少の差異があるとして法律の適用を極度に制限することは、法律の社会規範たる性格を無視するものといわざるを得ない。最後に原判決は、爆発物取締罰則の法定刑の高いことをもつて火焔瓶如きにこれを適用することを躊躇しているように認められるが、明治時代の手製の爆発物の低度な性能に比すれば、火焔瓶の効果は遥かに大なるものがあるものであり、所定の刑罰の高いことから逆にその適用の対象を限定することは、この場合本末を顛倒した論議というべきであろう。

三、大審院判例の合目的的解釈の傾向 爆発物取締罰則に関する従来の判例を検討するときは、大審院の態度が古くから一貫して同罰則の制定の意義を強く推し出し、合目的的解釈を施して実際問題の解決に大きく寄与していることが認められるのである。それらの判例のうち顕著なものをあげれば、その一は、同罰則第一条における「爆発物の使用」とは、同条所定の目的を達するために爆発可能性を有する物件を爆発すべき状態に措くの謂であつて、現実に爆発することを必要としないとする大正七年五月二十四日の判例である。事案は爆発物を投擲したがその投擲力が微弱であつたため、爆発するに至らなかつた場合であり、弁護人は爆発物の使用とは爆発物本然の性能を発揮せしめて爆発力を応用したことを指称するのが通常の観念であるから、爆発物に対して如何なる方法を用いたるとを問わず、実際上爆発せずに止んだときは、爆発力は末だ応用されていないので爆発物を使用したことにならないと強く主張したのであつたが、大審院はその様な議論に耳を傾けることなく、これを排斥して右の如き判示をしたのである。その二は、同罰則第三条における「爆発物の所持」についての明治二十五年一月十四日の判例である。その要旨は「既に爆発すべき性質を具備せる諸原科を自己の手に取集め必要あるときは自由に使用し爆発せしむることを得べきものと為したる以上は、たとえその薬品、その他の物品を調合し、一物体となさざるも爆発物を所持したことに外ならざるもの」としているのである。事案は爆弾の原料である塩素酸加里と金硫黄と鶏冠石を別々に所持していて未だ一体をなした爆発物の形をなしていないものについて、爆発物としての危険性を認めて処断したものである。その三は、同罰則第五条について「第一条に記載した犯罪者」の意義を第一条の犯罪を遂げた者のみならず、将来その犯罪を実行しようとする者をも包含するとした大正九年十月二日の判例である。これらの判例の態度に教えられるならば、特に爆発物取締罰則の如き治安上重大な影響ある取締法規については、区々たる法文の字義にこだわることなく、法の真意を探究して合目的的な解釈がそこに打ち立てられなければならないことを知るのであり、火焔瓶に対する同罰則の適用もこの見地に立て論する必要のあることを強調するものである。

第四目 結論 要するに、原判決は、爆発物取締罰則に規定する爆発物の解釈を誤り、本件火焔瓶を爆発物に非ずと認定し、以て冐頭記載の如く爆発物取締罰則違反の訴因につき無罪を言渡したことは明かに法令の適用を誤つたものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明かであるから破棄せらるべきである、<以下省略>

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